戦国・三国ちゃんねる

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蘇我入鹿さんって可哀想だよね

2009/10/30(金) 00:39:22

1 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 13:14:41
テロリストに殺された可哀想な人だよね


2 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 13:29:41
テロリストに殺された可哀想な人だよね。
帝の御前で殺されるなんてひど過ぎるよね。




4 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 13:54:09
テロっつーかクーデター



5 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 16:19:22
いいえ、テロです。
ああ、可哀想な入鹿さん。








26 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 19:10:54
歴史の勝者の藤原が編纂した日本書紀なんて当てにならない。
物部と蘇我は仲が良く婚姻関係もあったとも聞くし・・・

悪人扱いするのは違うと思う。結局、中大兄皇子に付いたと言われている蘇我石川麻呂も
中大兄皇子&中臣鎌足は殺したり、実験握る為ならなりふり構わない感じがしてこの二人の方が悪人。
民衆も中大兄皇子がいる宮に火をつけたり。かなり恨まれてますね。
んで逃げるように難波に遷都。でもここでも孝徳とそりが合わない。。。




27 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 21:21:27
>>26
買ってはいけない電波本お読みになったんですねw



28 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 22:13:03
>>26
蝦夷の母親は物部だったと思ふ、嶋の大臣はある意味母方を攻めほろぼした。
なお、その嶋の大臣の妹は聖徳太子の正妻だった。

そんな蘇我宗家をこれまた打ち滅ぼしたは、中大兄。

上には上がいるってこと?




29 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 21:40:47
↑でもその天智の血を絶ったのは、親族の天武で天武は藤原を政界から掘り出したのに
妻によって復活された・・・




30 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 23:55:08
電波本おもしろいよ、こういうの結構好き
まあ、入鹿が悪人だから成敗されたんじゃなく、権力闘争に負けただけなんだろうがな。





40 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 21:37:58
堂々と天皇を明殺し、蘇我宗家をぶち殺して成立した天智天武朝はその後、血を血で洗う
抗争を続けたあと、藤原氏に実権を渡しました。

血を血で洗う抗争が貴族社会からも無くなった時には、武家社会から血を血で洗う
抗争が起き、その渦の中でしか権力はつかめなくなりましたとさ。

その武家社会ががやっと安定した社会を作ったら、その崩壊とともに、血を血で洗う抗争は
対外戦争として、グレードアップして、最後はピカドンです。

日本の歴史の超かいつまんだ説明ですた。




41 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 22:07:28
忠臣が農民の迷惑になるから吉野への行幸は控えてください、といさめたのにも関わらず持統はなん十回も吉野へ行幸している、これより彼女は我が儘で他人の意見など聞かない性格だったのが伺える植月広説より



43 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 22:43:41
>>41
そのむくいか、彼女の墓は盗掘されまくってるな。



44 :日本@名無史さん:2006/11/28(火) 13:27:42
持統の墓は天武と合葬だったよな。だったら天武の墓もトバッチリで盗堀されたのかな?
だったらかわいそうやな




45 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 00:27:46
天武も天皇を殺して天皇の位を奪い取った簒奪者だけどな。



46 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 20:02:19
昔の天皇なんて皆同じ、暗殺謀略当たり前




47 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 21:07:32
結局、その血塗られた血統が今日の天皇家につながっているわけね。




48 :日本@名無史さん:2006/12/02(土) 22:21:58
日本書記は藤原のためのだけに書かれた歴史書です。近年フヒトが日本書記の編纂に関わっていたという説をちらほら聞きます。初期以前の歴史書は始末されていて分からないから書記に頼るしかないのが現状。



49 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 01:18:38
>>48
それって近年なの?藤原不比等が編纂主っていうのは
随分昔からの常識だと思ってたけど・・・

不比等及び藤原氏は真実の歴史を知ってたとしたらとてつもない罪だよね。




50 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 08:17:05
>>40
残念だが皇室が藤原氏に実権を譲ったというのは正しくない。
道長の時代でさえ、後の足利氏や徳川氏のように
天皇を無視して好き勝手なことができたわけではない。
従ってまた、道長の後に藤原氏が
皇室をしのぐ勢力を保持したわけではない。

それから平安貴族の政治抗争は「血で血を洗う」ようなものではない。
敗れた方も左遷されるか、せいぜいが流罪程度。


それと日本の歴史は原爆で終りじゃない。
戦後にみごとに経済的・政治的に復活して、
バブル崩壊で一頓挫して、
それをようやく乗り越えて、さあこれからどうなるか、
という局面なんだが。
もし歴史が「現在」と切り離された、ただの考古に過ぎないのならば
そんな歴史には、何の積極的価値もない。




51 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 09:12:51
>>50
平安時代はそうだが、奈良時代以前はそれこそ血を血で洗う抗争の末、その血統が決められてきた。
天皇家は、平安時代のその平穏な長い間は、祭上げられることでその血脈を保ったが、保つ前は、
何度も軍事力による血統の歪みがあったのである。

記紀にも記述があるものまであるしな。




55 :日本@名無史さん:2006/12/03(日) 12:24:46
一説には天智が馬に乗ってお出掛けしているときに暗殺されたという記録がある。学者達は天武が暗殺したというものもいるな。江戸時代に水戸黄門が大日本史を作成したとき大友即位が採用された。明治政府はそれを採用し現在に至る。



65 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 23:03:33
>>62
応神天皇は神宮皇后=トヨと住吉大神=天日矛=武内宿禰との子(または子孫)だそうです。
ちなみに天日矛は、新羅に渡り製鉄で儲けた早い話が鍛冶屋の親分。
日本に帰ると豊岡に港を作って九州を通さずにヤマトと鉄の取引を始める。
焦った九州は魏の支援を取り付けヤマトに対抗しようと画索。
トヨは山門の女首長(卑弥呼)を暗殺するが、ヤマトに裏切られ九州南部に逃亡。

こんな内容。




136 :日本@名無史さん:2007/02/12(月) 22:26:02
ガンダムの世界に例えると
天皇家=ジオン家
蘇我家=ザビ家


天皇家を飾りとして担いでいるが、そのうち天皇家に用がなくなったら
蘇我家が天皇家にとってかわった可能性が高い



138 :日本@名無史さん:2007/02/24(土) 11:50:46
>>136
余計わからなくなったw


161 :日本@名無史さん:2007/07/27(金) 20:34:39
祟岐天皇や山背皇子を殺すのは悪いが、
蘇我入鹿や有間皇子を殺すのは良い、
まさに日本書紀は勝利者のための史書ですな。




162 :日本@名無史さん:2007/07/27(金) 22:22:32
>>161
羅が、百済や高句麗を侵略して併合するのは良いが、
日本が、朝鮮を交渉で併合するのは悪い、

と言うのと同じようなもの。




163 :日本@名無史さん:2007/07/27(金) 23:35:22
天皇親政派の蘇我氏が殺されるってのは確かにテロ行為だな。
改革派のリーダーを倒して
豪族の利権を守ります言うて人気を博し
結局、権益を奪う経緯はステキな抗争だよな




165 :日本@名無史さん:2007/10/01(月) 20:00:43
物部守屋の方が可哀想に思う俺は異端か




167 :日本@名無史さん:2007/10/14(日) 19:29:32
>>165
せいせい堂々と武力で戦って、物部守屋に勝利した蘇我馬子は
のちの戦国大名同様、あまり悪くはいわれないね
それ以降の粛清事件は暗殺やら騙し討ちやら
後ろめたい殺し方をしているからね




168 :日本@名無史さん:2007/10/14(日) 19:41:27
物部守屋は当時右に出るものなしと勇名を馳せていた
これは守屋本人はもちろん、更に屈強な精兵が存在していたからだ。
それを撃滅せしめた蘇我氏は凄い




169 :日本@名無史さん:2007/10/15(月) 12:50:29
戦う前に守屋を孤立させる段取りをしていた策略の勝利であって、
蘇我氏の集めた兵が物部より強かったというわけではないが。
まぁ藤原不比等なら戦争なんてせずに智謀だけで追い落とせただろうな。
流血の事態まで行かなければ物部氏に勝てなかった馬子は二流の策士。




173 :日本@名無史さん:2007/12/26(水) 17:35:55
>>169
物部合戦の時には、
厩戸皇子(聖徳太子)や竹田皇子といった
蘇我氏と血縁関係にある最有力の皇位継承者が
蘇我方の武将として出陣していた
これだけを見てもいかに蘇我氏が優勢だったかが分かる
一方、物部方として参戦した皇族はいなかった
物部守屋の妹までが夫の蘇我馬子になびいて
兄貴に味方しなかった



183 :日本@名無史さん:2008/03/23(日) 17:55:46
聖徳太子の一族を抹殺して自分が摂政の座に着いたまでは良かったが
自分が天皇になろうとした時点で命運が尽きたのでしょうね。




184 :日本@名無史さん:2008/03/25(火) 22:50:11
確か入鹿には子供がいたよな?
自らの子女を皇子と呼ばせていたとか
入鹿が死んでその妻と娘は悲しみ菩提を弔ったとか聞いたことがある。




185 :日本@名無史さん:2008/03/25(火) 23:31:34
>>183-184
それも勝者の歴史書に書かれた事。

嘘を書いても何ら不思議ではない。




186 :日本@名無史さん:2008/03/27(木) 14:37:51
>>184
日本書紀の記述では、蝦夷の子を指したものと考えても辻褄が合う。
日本書紀には入鹿の妻子についての記述は一切ない。

入鹿に妻と娘があったというのは、入鹿の首塚と伝えられる場所のひとつの近くに
入鹿の妻子が移り住んだとされる庵跡があることによるものだが、
場所は三重県松坂市の高見山近く。
高見山と入鹿を討った中大兄皇子、中臣鎌足ゆかりの多武峰と競ったという伝承に由来するともいわれ、
入鹿の首塚と言われる搭もおそらくは鎌倉時代のもの。
現時点で入鹿に妻子があったという確実な伝承はない。




201 :日本@名無史さん:2008/07/26(土) 21:09:52
確かに酷い名前のオンパレードだな。
蘇我氏を滅亡させてからの改ざんだろ。
蘇我氏は朝鮮情勢に詳しかったみたいだから、蝦夷や入鹿が生きていたら白村江の大敗は避けられていたかもしれない。



202 :日本@名無史さん:2008/07/26(土) 21:12:47
日本@名無史さん:2008/07/19(土) 16:08:20
天皇家にも蘇我の血は流れてるよね
しかしこの時代は天皇の名前も
飯炊き女だの(=炊屋媛、推古天皇)
馬番男だの(=厩戸皇子、聖徳太子)
まあ、ひどい名前だ










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